上は太神楽、左は獅子舞。いずれも東京都無形文化財の指定です。
【九頭龍神社の民俗芸能】
  毎年9月の第二日曜日に数馬九頭龍神社に奉納される太神楽は、同社が長野県戸隠村九頭龍神社から分社建立された1545年頃からから執り行われてきたもので、都の無形文化財に指定されています。また、同神社の境内では同じ日に獅子舞(都指定無形文化財)も奉納され、境内は村民や観光客で終日賑わいをみせます。
  数馬の獅子舞は、奥多摩のほぼ全域に伝わる三頭獅子とササラ役(女装の花笠)四名を基本にするもので、伝書によれば寛政九年(1797)に武州多摩郡沢又邑(北秋川の藤原)の木原氏から伝授されました。伝授を受けた代表として、数馬邑の山崎市郎平、山崎長一郎、小林源蔵、小林半蔵、小林源六、小林惣兵衛の六人が名を連ねています。この獅子舞の起源は寛元三年(1245)より始められたと由来の巻物に記されていますが、実際にどのような経路で奥多摩に伝えられたかは定かでありません。ただし、伝書や沢又邑へ伝えた小留浦(奥多摩町)の古老の話などから祖家(太田道灌の家臣山崎角太夫)が文明年間の初め頃(1469〜77)に奥多摩に伝えたと思われます。文明18年(1486)に道灌は、主家の扇谷上杉に暗殺されますが、道灌が当時としては画期的な兵法である農兵の組織化(足軽)によって才腕を発揮したことを考え併せると、獅子舞の伝授にも、そのような意味合いがあったのかも知れません。
 九頭龍神社では、太神楽、獅子舞のほか、舞台で馬鹿面囃子が演じられ、集まった観客の笑いを誘います。
 上は1545年に九頭龍神社が分社された現在の戸隠村九頭龍神社。左は檜原村の九頭龍神社。社殿の様式は酷似している。